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11話 初恋の残骸、再会の部屋

Author: みみっく
last update Last Updated: 2025-10-22 14:00:08

「わっ。ユウくん、どうしたの? 心配で訪ねてきてくれたとか?」

 カオルの言葉に、俺は一瞬詰まった。心配……か。正直、自分でもよくわからなかった。だが、元気そうなカオルの笑顔を見て、胸の奥にじんわりと安堵感が広がったのは事実だった。

「ま、まあ、そうだな。元気そうで良かった。顔を見に来ただけだから……帰るなー」

 俺はそう言いながら、踵を返そうとした。俺は一体、何をしに来たんだ? ただ、学校をサボりたかっただけなのか? 自分でもわからない感情に、俺は戸惑っていた。

 そんな俺の背中に、カオルの明るい声が再び響く。

「もぉ。ユウくん!ちょっと待って。上がっていきなよっ。こんな時間に行っても遅刻でしょ? ねぇ、せっかくなんだしさ……」

 俺が踵を返そうとしたその時、カオルが玄関の奥から、フード付きの可愛らしいパーカーを羽織って出てきた。部屋着のままの姿だった。

「そんなつもりで来たんじゃねーし……」

 俺は、彼女の部屋着の姿を見て、思わず言葉を漏らした。だが、自分でも何のためにここに来たのか、正直わからなかった。カオルの元気な顔を見て安心したのも、そして部屋に誘われて、心のどこかで嬉しかったのも事実だ。

 俺の心は、懐かしさと、安堵と、そしてほんの少しの期待でぐちゃぐちゃになっていた。俺は、自分でも制御できない感情に、ただただ戸惑うばかりだった。

 やっぱり、俺にはまだ未練があるのか。もし本当に吹っ切れていたなら、学校をサボってまで会いに来るはずがない。そう自問自答しながら、俺はカオルをまともに見ることができなかった。自分の行動が、過去の清算のためなのか、それともまだ彼女に惹かれているからなのか、その答えを見つけられずにいた。

「ほら、こっち……家に誰もいないから遠慮しないでってば!」

 強引に腕を掴まれ、カオルの家に引きずり込まれる。あの時、不快感を覚えたはずなのに、彼女に触れられた腕に、ドキドキと心臓が早鐘を打っていた。俺は、その心臓の音を誤魔化すように、ただ何も言わずに、彼女にされるがままだった。

 カオルの家に入ると、懐かしい匂いが俺を包み込んだ。彼女の家の、甘くて柔らかい香りに胸の奥がきゅんと鳴る。小学生の頃から、何度も何度も遊びに来たこの部屋。棚に並べられた漫画や、飾られている写真。その一つ一つに、俺とカオルの思い出が詰まっているようで、懐かしさが胸いっぱいに溢れ出した。

 ふと、目の前のカオルに目を向ける。パーカーを羽織ってはいるものの、その下は白いTシャツに短いショートパンツという無防備な姿だ。華奢な腕や、すらりと伸びた足が露わになり、俺の心臓はさらに大きく脈打った。やっぱり、俺はまだ未練があるんだ。そう再認識させられる。同時に、あの日の校舎裏で見た、淫らな姿が脳裏をよぎる。純粋な思い出と、不快で、それでいて興奮してしまう感情が、俺の心の中で激しくぶつかり合っていた。

 そりゃ、そうだよな。小学校の頃からずっと好きで、何年も想い続けてきた相手なんだ。そんな簡単に忘れられるはずがない。いや、しかし、あの衝撃的な光景を目の当たりにしたはずなのに、どうしてこんなにも心が揺らいでしまうんだろう。俺は、自分でも制御できない感情に、戸惑いを隠せないでいた。

 彼女への純粋な好意と、目の当たりにしてしまった出来事への嫌悪感が、俺の心の中で激しくぶつかり合っている。それは、まるで二つの違う感情が、俺という一つの器の中で、溶け合うことなく混在しているようだった。

 カオルの部屋着姿は、俺の未練を再認識させると同時に、あの日の光景を鮮明に蘇らせる。美しく、愛おしいと感じる一方で、汚れている、もう昔のようには戻れない、という思いが俺の胸を締め付けた。この、愛憎入り混じった複雑な感情は、いったいどこへ向かえばいいのだろうか。俺には、もう分からなかった。

 カオルに腕を引かれ、俺は彼女の部屋へと足を踏み入れた。部屋の真ん中に置かれた、可愛らしいベッドに二人並んで座る。シーツから漂う、甘く優しい香りが俺の鼻腔をくすぐった。

「ユウくん、心配してくれてありがとね……嬉しいよ」

 カオルは、俺から視線を逸らして床を見つめ、指先でショートパンツの裾を弄っていた。そして、再びゆっくりと視線を俺に戻すと、恥ずかしそうに、でも真っ直ぐに、感謝の言葉を口にした。カオルがこんなにも素直に、俺に感謝の言葉を伝えるのは珍しいことだった。普段は俺の方が、彼女に面倒を見てもらったり、注意されたりしてばかりで、お礼や謝罪をするのはいつも俺の方だったからだ。その、慣れない言葉に、俺の心は静かにざわついた。

「だから、もういいって……」

 俺は、カオルに感謝されることに慣れていなくて、照れくささからついそっけない返事をしてしまう。顔が熱くなるのを感じながら、俺はただ黙って、カオルがどんな言葉を続けるのかを待っていた。

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